大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大津地方裁判所 平成2年(行ウ)8号 判決

原告

大矢佐行

外二四一名

右原告ら訴訟代理人弁護士

吉原稔

右訴訟復代理人弁護士

高見澤昭治

右原告ら訴訟代理人弁護士

野村裕

右同

小川恭子

右同

玉木昌美

右同

元永佐緒里

被告

多賀町長

中川泰三

右同

多賀町

右代表者町長

中川泰三

右同

多賀町教育委員会

右代表者教育委員長

大杉春雄

右被告ら訴訟代理人弁護士

石原即昭

右同

宮川清

右同

中川幸雄

主文

一  本件訴えのうち、原告らの「多賀町立学校の設置等に関する条例の一部を改正する条例」(平成二年一〇月五日制定、同月九日公布)の制定及び公布の一連の行為の取消を求める訴え、平成五年三月三一日をもってする予定の大滝小学校萱原分校を廃止し、大滝小学校に統合するとの処分の取消を求める訴え、同条例の制定行為の取消を求める訴え、被告多賀町教育委員会との間の同条例の無効確認を求める訴え、別紙原告ら目録23乃至30、35乃至46、51乃至242記載の原告らの同条例の無効確認を求める訴えをいずれも却下する。

二  別紙原告ら目録1乃至22、31乃至34、47乃至50記載の原告らと被告多賀町との間の右条例の無効確認請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告多賀町に対し、多賀町議会が平成二年一〇月五日にした「多賀町立学校の設置等に関する条例の一部を改正する条例」の制定及び被告多賀町長が同月九日付でした同条例のうち「本条例別表第一から『大滝小学校萱原分校』を削る」との部分の公布の一連の行為を取消す。

2  被告多賀町長、被告多賀町及び被告多賀町教育委員会が、平成五年三月三一日をもってする予定の大滝小学校萱原分校を廃止し、大滝小学校に統合するとの処分を取消す。

3  被告多賀町に対し、多賀町議会が平成二年一〇月五日にした「多賀町立学校の設置等に関する条例の一部を改正する条例」の制定行為を取消す。

4  原告らと被告多賀町及び被告多賀町教育委員会との間で、多賀町議会が平成二年一〇月五日に制定した「多賀町立学校の設置等に関する条例の一部を改正する条例」が無効であることを確認する。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告らの主張

1  原告らは、いずれも滋賀県犬上郡多賀町大字萱原地区(以下、萱原地区という)に居住し、「萱原分校を守る会」に加入しているものである。別紙原告ら目録記載のとおり、原告らのうち、原告ら目録1乃至30記載の原告らは、いずれも平成二年一二月五日現在において大滝小学校萱原分校(以下、萱原分校という)に就学中の児童の親または親権者であり(以下、就学保護者という)、同目録31乃至66記載の原告らは、いずれも将来萱原分校に通学することになる未学齢期の児童の親であり(以下、未就学保護者という)、その余の原告らは大部分が萱原分校の卒業生である(以下、一般住民という)。

2  訴外多賀町議会(以下、町議会という)は平成二年一〇月五日「多賀町立学校の設置等に関する条例の一部を改正する条例」(以下、本件条例という)を、施行期日を平成四年四月一日として議決し(以下、本件制定という)、被告多賀町長(以下、被告町長という)は平成二年一〇月九日付で本件条例を公布した(以下、本件公布という)。町議会は平成四年一月二七日本件条例の施行期日を平成五年四月一日に変更する旨の「多賀町立学校の設置等に関する条例の一部を改正する条例の一部を改正する条例」を議決し、被告町長は平成四年一月二八日付で右条例を公布した。

本件条例の目的は、多賀町内に現在四校ある小学校(佐目小学校、多賀小学校、大滝小学校、脇ヶ畑小学校)を二校(多賀小学校、大滝小学校)に統合するため、とりあえず、本校一校(脇ヶ畑小学校)と分校四校(多賀小学校芹谷分校、多賀小学校霊仙分校、大滝小学校萱原分校、大滝小学校富之尾分校)を廃止しようとするものである。

したがって、被告らは、平成五年三月三一日をもって萱原分校を廃止し、大滝小学校に統合するとの処分(以下、本件廃校処分という)をすることになる。

しかし、本件制定及び本件公布の一連の行為、本件廃校処分、本件制定行為は違法であって取消されるべきであり、また、本件条例は違法無効である。

3  処分性について

学校の廃止という行政行為は、町議会による条例の制定と被告町長によるその公布の一連の行為として捉えられ、その全体を行政処分と把握できる。学校の廃止は、本件制定及び本件公布の一連の行為によって完結して効力を生じており、被告多賀町教育委員会(以下、被告委員会という)のする旧学校廃止議決、滋賀県教育委員会に対してする旧学校廃止届等の一連の措置は、事後的な事務処理にすぎないので、本件制定及び本件公布の一連の行為を廃校処分自体とみて、それを訴訟対象とするのが最も至当である。

4  原告適格について

原告就学保護者及び原告未就学保護者に対しては勿論、萱原分校所在地域の住民であり「萱原分校を守る会」の会員である原告一般住民についても、原告適格が認められるべきである。

教育の地域社会に対する役割は、地域の発展に寄与する者を養成することにある。明治初期以来、地域住民は、地域の文化と活力を高めるために学校の設立維持に物心両面で援助を与えてきており、学校は地域の活力と文化の発展に寄与してきた。そこで、現行法制下では教育における地方自治の原則(地方自治法二条三項五号、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条、三二条、四三条)が認められており、地域住民に直結した形で各地域の実情に適応した教育が行われるべきであり、そのような教育を求める権利が地域住民にはある。また、地域住民は、右歴史的経緯から、学校に対する愛着、親密感、学校が存在することによる地域としての一体感等の一種の人格権を有している。

さらに、社会教育の権利という観点から学校施設の存廃は地域住民の法的利益の内容に含まれる。すなわち、社会教育法、スポーツ振興法等においても社会教育の条件整備として学校が大きな位置を占めており、社会教育の権利という視点から学校施設の存廃は地域住民の法的利益の内容として位置づけられるものだからである。

5  学校統廃合のありかた

(1) 子供の教育を受ける権利や親の教育権、さらには前記の住民の教育に対する権利は、憲法、教育基本法で保障されている基本的人権として尊重され、いかなる権力もこれをみだりに奪ってはならない。まして、既に人が享受している良好な教育環境をみだりに奪うような行政、立法上の措置は、国民の教育を受ける権利及び憲法一三条が保障する幸福追及権を侵害するものであって許されない。

学校統廃合の問題を考える場合には、対象校が教育上適切な環境にあるか、統廃合によってこれを失うことになるか否かが決定的要因として重視されなければならない。

(2) 子供の教育を受ける権利には、適正に配置された通学条件のよい学校に通う権利が含まれており、小学区制が布かれている公立学校についてはその設置廃止に際し通学条件の確保を要求しうる。

これを受けて、学校教育法二九条、学校教育法施行規則一条二項により、市町村は小学校設置義務の内容として、子供が適正に配置された通学条件のよい学校に通えるよう適正配置をすることが義務付けられていると解すべきである。

憲法、教育基本法をふまえ、一九四七年に出された「学習指導要領」と一九四九年に文部省学校教育局が作成した「小学校経営の手引」を参考に教育条理によって解釈すると、適正配置とは、具体的には、地域に応じた教育が実施されるように、小学校を各地域ごとに配置することに他ならない。

これを満たさないような小学校の配置や統廃合は、子供の教育を受ける権利や親の教育権さらには住民の教育に対する権利を侵害し、許されない。

(3) また、学校教育法二九条によれば、学校の設置は同法一八条の掲げる小学校における教育目標を達成するものでなくてはならない。したがって、右目標が達成されている以上、それ以外の事項(例えば、競争心、集団性といったもの)に惑わされて右目標をゆるがすことは、教育条件整備としては許されないと解される。

6  萱原分校は、滋賀県犬上郡多賀町大字萱原に所在し、平成二年度の児童数は六学年合わせて二〇人、教職員数は六人(教員五人、用務員一人)である。

萱原分校の始まりは、明治九年創立の「開明学校」に遡り、その後呼称、施設の変更がなされながらも今日に至っており、萱原分校は文化の中心、心の故郷として萱原地区の中核施設として存続してきた。萱原地区住民は子弟の教育に情熱を注ぎ、萱原分校の始まりから資金、労力の両面から同分校を支えてきており、同分校に対する愛着は深い。

7  萱原分校の教育

萱原分校の教育は、分校という条件にありながら優れた教育効果を発揮してきており、萱原地区住民、各種賞の受賞や報道機関による報道等によって高く評価されている。

(1) 萱原分校の教育の特色の第一は、恵まれた自然環境を生かした情操教育、環境教育である。

萱原分校の近くには、オシドリの飛来する犬上ダム湖があり、同分校では、昭和五九年冬以降、児童の給餌等によるオシドリの保護・観察などの愛鳥教育に取り組んできており、さらに、これをきっかけに萱原地区全体での地域活性化運動としての愛鳥運動に発展している。その結果、児童に自然観察力、自然を育む心、郷土愛、情操が養われ、また、教員と保護者との信頼感、一体感が形成されている。

(2) 萱原分校の教育の特色の第二は、萱原地区の良さを見つめ直し、将来の地域社会を背負う人間をつくる教育としてのふるさと教育である。

その教育実践としては、犬上ダムの歴史の調査、発表や前記愛鳥教育がある。

(3) 萱原分校の教育の特色の第三は、萱原地区住民との結びつきの高さであり、その成果が最も端的に残されているものとして「萱原通信」がある。これは、萱原分校の教員が九年前から作成し、萱原地区の全戸に配布しているものであり、その掲載内容は地域住民の投稿、児童の作文、地域行事や自然、歴史、愛鳥教育の実情等である。右通信の結果、萱原分校と萱原地区住民の一体感が形成されている。

(4) 萱原分校の教育の特色の第四は、保護者が右のような萱原分校の教育に対して高い評価を与えていることにある。

8  教育条件の変化

(1) 萱原分校の教育の承継

萱原分校の愛鳥教育は、児童による、犬上ダム湖付近での、平日の昼休み時間や放課後の時間を利用しての給餌や観察、保護者による餌の収集、休日の給餌などから成り立っており、大滝小学校に通学することになれば、右のような愛鳥教育を実践することは不可能となり、萱原分校を中核としてなされている萱原地区あげての愛鳥運動にも支障をきたすことは明らかである。なお、愛鳥教育は大滝小学校でも可能であるが、絶滅の危機に瀕しているオシドリの保護活動は萱原分校でなければ不可能であり、そこに萱原分校での愛鳥教育が自然保護関係者から高く評価されている意味がある。

また、昼休み時間を利用した給餌活動は、その実態からして、体力的にかなりな消耗を伴うことはなく教育課程編成上無理が生じているとはいえない。むしろ、給餌場所へ至る道程で異年齢集団間の交流や地域の自然との触れ合いが持たれるなどの長所がある。また、給餌の量は少なく、生態系を乱すようなことはない。

さらに、通学条件が悪化する結果、放課後の遊び時間がなくなり、萱原地区での遊びやゆとりが失われる結果、児童と地域との自然的、文化的結合を破壊し、情操教育、環境教育の場をなくすことになり、教育条件を悪化し、萱原分校を核とする地域活性化を阻害することになる。

(2) 大滝小学校の教育は、その所在する地域と関連づけた教育がなされておらず、萱原分校での教育を継承する基盤を欠く。また、地域に根ざした教育は、一地域一校だからこそ可能であり、大滝小学校のように数地域が集まって構成されている学校では困難である。

(3) 仮に平成四年度に萱原分校と大滝小学校富之尾分校が廃止されて大滝小学校に統合された場合と、多賀小学校芹谷分校が廃止されて多賀小学校に統合された場合の児童数、学級数、教職員数は別紙1統合後の児童、学級、教職員数のとおりである。

したがって、統合後は、教職員数が大滝小学校全体では一三名、多賀小学校全体と合わせると一八名減少することになり、地域社会において知識層を形成して知的文化水準向上に役立っている教職員が減少することは、地域社会にとって大きなマイナスとなる。

また、統合後の大滝小学校では、児童数が増加し、他方教員数は一一人と変わらないので、教員一人の担当する児童数は二〇数人から三〇数人に増え、指導面での困難さをもたらし、教育条件は悪化することになる。

さらに、校区が広がることによって、教員が家庭訪問をしたり、事故等の場合に児童を送迎することが困難になる。

(4) 学校教育法施行規則一条二項は「学校の位置は教育上適切な環境にこれを定めなければならない」と規定するが、萱原分校の廃校は、右規則に反する。

9  通学条件

(1) 児童の萱原分校への通学距離は、最長でも約四〇〇メートルにすぎず、通学時間は徒歩一分ないし五分である。他方、滋賀県犬上郡多賀町大字川相所在の大滝小学校は萱原地区の端より約四キロメートルに位置する。

大滝小学校への萱原地区の児童の通学路は、県道多賀永源寺線しかないが、右県道は幅員約四ないし五メートルで、川床より約八〇メートル上の山間部を河川に沿って縫うように走っており、歩道もなく、徒歩通学は危険で無理である。したがって、萱原地区の児童は、大滝小学校へ通学するためには路線バスを利用しなければならない。

(2) しかし、バス通学は、バスの運行本数が少ないなど、通学に著しい困難を伴うことになり、保護者が児童を送迎する必要がでてきて、保護者にも多くの負担をかけることになる。

萱原分校では下校時間を気にせず勉強やクラブ活動に励めたのに、大滝小学校では、授業や放課後のクラブ活動等もバス時間に制約されることになる。

被告ら主張のように、全額町費負担で通学専用バスを運行し、学校行事に合わせチャーター便を併用するとしても、現在実施されている多賀中学校へのバス通学の実態からして、バス通学では、バスに乗り切れなかったり、バスを待つ時間(一時間ないし一時間半)を持て余す事態が生じたり、クラブ活動等でバス時刻を過ぎると徒歩や保護者の送迎を頼りに下校しなければならない、緊急の予定変更や病気時には対応できない、忘れものを取りに帰れない、車酔いになる等の問題が生じる可能性がある。したがって、通学専用バスを利用しても児童や保護者の負担は大きい。

(3) また、萱原地域の積雪状況は別紙2萱原の積雪のとおりであり、路線バス運行が中止されたことが過去二四年間に一八回もあり、道路状況によって路線バス運行が遅延することも多く、今後、最近の暖冬傾向が続くとの保障もない。このため、児童は積雪のため遅刻または欠席を余儀無くされ、あるいは、雪の中を四キロメートルの道程を徒歩通学するか保護者が送迎することになり、冬期における児童及び保護者の負担は一層増大する。

(4) 県道多賀永源寺線は、平成二年九月二〇日には台風一九号のため土砂崩れと落石が発生し、一時通行止めとなり、その後も復旧工事は進まず、崩壊防止策はとられておらず、今後も土砂崩れ等の可能性があり、危険である。このような県道を毎日朝夕通学することは児童の心身に多大の負担を与える。

(5) また、徒歩通学は、児童にとって、地域住民との交際、地域の自然との接触、自然への理解をもたらすことから、豊かな情操教育となるが、大滝小学校への通学では、右諸条件は喪失されることになり、その悪化をもたらす。

(6) 保護者は、分校が廃止されると前記のような送迎負担を負うことになるうえに、学校との親近感や近距離感を失い、車で大滝小学校に行かねばならないため学校行事に参加しにくくなる。

10  萱原地区への影響

(1) 萱原地区における地域活性化運動との関連性

現在、全国自治体において地域の活性化が目指されている。また、地域における学校は、とりわけ山村、へき地地域にあっては、単に教育の場であるだけでなく、社会教育、文化振興の拠点として地域のコミュニティセンターの役割を果たし、地域活性化運動の核ともなる。

萱原地区では、若年夫婦がいわゆるUターンをしてくる例が多いが、これは前記萱原分校での教育を受けたことによる萱原地区への愛着と、萱原分校を核とする萱原地区の良さが原因しているものであり、学校のない地域では逆にいわゆる嫁問題が深刻化する。また、学校行事がそのまま地域の一大行事となり、愛鳥教育が「オシドリの里づくり」などの萱原地区をあげての社会教育、生涯教育の中核となり、さらには犬上ダムを生かした観光とも結びついており、萱原分校の存在が地域活性化の唯一の原動力となっている。

萱原分校の廃止は、右のような地域活性化の芽を摘みとることになる。

(2) 過疎化の進行

萱原分校を過疎地域を理由に廃校するのは、逆に萱原地域の過疎化に拍車をかけることとなる。明治前期の学区原型成立時期には、村落共同体を基盤としてはじめて学校の設置が可能とされ、その維持運営がなされ、地域社会の生活形成や文化高揚の契機となった。その結果、学校は地域住民にとって精神的支柱となり、文化的拠点としての機能をはたしてきている。したがって、地域社会から学校を奪うことは、住民に生きる目当てを失わせ、地方文化の抹殺、地域崩壊という過疎化を進めることになる。

11  適正規模

(1) 被告らは本件廃校の理由に適正規模化を掲げている。しかし、そもそも、「適正規模」という概念自体、時代や社会によって、特に社会経済的要因によって大きく変遷しており、時代に従って段々少人数化する傾向にある。小規模校の良さが国際的にも見直され、昭和四八年九月の「公立小中学校の統合について」と題する文部省通達にあるように学校規模を小さくすることが文部省方針であり、世界の教育行政の趨勢であり、滋賀県の教員研修会での評価でもある。

近年、異年齢の子供同士が地域のなかで遊ぶ姿が見られなくなり、子供時代に培われる子供らしい知識や技能、思考力、判断力、集団性を獲得できない大きな要因となっている。かつては、学校外の活動の中で子供が身につけていくと考えられていたものを、学校が教育課程の中にとりこまなければならなくなっている。そして、さまざまな教育活動に異年齢集団を編成し、活動させて単学年の活動では望めない子供の成長を補完する実践・研究がすすめられている。したがって、異年齢集団による教育は同一年齢集団を主体とした教育が確立されていることが前提であるとはいえない。

むしろ、教育的には、適正規模か否かではなく、一人一人の子供に対して、適切な指導がおこなわれているかが意味がある。

(2) 小規模校

どの様な規模の学校でも、それぞれの児童や地域の実態にあわせて長所と短所が存在し、これに対応した教育的な努力がなされている。小規模校では、そこでの困難性を克服して長所に変える努力がなされており、個々の児童に応じた教育を実践する条件に恵まれ、児童が学年を越えて交遊し学びあえるという利点があり、優れた教育効果が期待できる。

一般的にいわれる小規模校の短所が、全て萱原分校やその児童に当てはまるわけではない。萱原分校児童全てが学習意欲が乏しい、また、萱原分校の卒業生が社会性に乏しいということはない。萱原分校では、教員が熱意と努力をもってよくまとまって指導に当たり、前記愛鳥教育等を実践し、地域の自然環境や文化を児童に伝えるなどし、その結果、児童に基礎学力がつき、落ちこぼれも、進学後の問題行動もない、協調性が養われる、児童の人格に創造性や向上心、多面的な思考や公平な判断力、純朴さ、思いやり、勤勉さが養われるなど、優れた教育効果をあげている。

(3) 萱原分校には、三、四学年に複式学級があるが、その授業方法は、いわゆる「AB年度方式」であって、いわゆる「ワタリ方式」ではない。したがって、同分校には複式学級による指導の困難性は存在しない。

また、一般に複式編成学級は多くの困難性や障害を抱えているとはいえない。複式少人数学級の困難性や障害は大規模校よりもずっと少なく、むしろ前記のとおり利点の方がはるかに大きい。

被告委員会はへき地、複式教育に対する研修を奨励するよりも、逆にへき地に勤務する教員の自発的な研修の機会を減らしている。

(4) 被告らの主張する適正規模論は、そもそも不合理なものであるうえ、萱原分校での教育実践とこれに対する評価を全く無視するものであり、同分校廃止の理由とはなりえない。

12  児童数の推移

萱原地区は、戸数一二二戸、人口五〇〇名であるが、いわゆる過疎地域ではなく、若年世帯数が多く、人口は増加傾向にある。

萱原分校の児童数は二〇名であり、未就学期の児童数は左記のとおりである。

昭和五九年四月二日乃至昭和六〇年四月一日生まれ

五名

昭和六〇年四月二日乃至昭和六一年四月一日生まれ

二名

昭和六一年四月二日乃至昭和六二年四月一日生まれ

八名

昭和六二年四月二日乃至昭和六三年四月一日生まれ

四名

昭和六三年四月二日乃至平成元年四月一日生まれ

七名

平成元年四月二日乃至平成二年四月一日生まれ

七名

平成二年四月二日以降同年一二月五日生まれ

二名

以上合計三五名(他に胎児三名)

これによると、萱原分校の児童数は、将来も増えることになるので、将来の人口低減は萱原分校廃止の理由とはならない。

13  被告らの萱原分校廃校の真の狙いは、廃校による教育投資、経費の節減、教職員の削減にある。

(1) 多賀町内の分校が廃止されることにより、教員定数法の適用上、多賀町全体で現在六二名の教員が三七名となり、約三〇名が削減される。

(2) 萱原分校の施設は老朽化し、狭隘な状況にあるといえる。しかし、その原因は、被告町が校舎の改築等による充実に十分な資金を投じなかったことにある。

へき地振興法の規定にもかかわらず、被告町は体育、音楽等の学校教育及び社会教育の用に供するための施設を設けることを怠ってきた。被告町は、町内に分校が多いことから、地方交付税の基準財政需要額の算定上有利な扱いを受け、国から多額の地方交付税交付金を受けながら(平成元年度で七八七八万円)、それを校舎の改築等にはほとんど使わず(平成元年度決済額一四二五万一〇〇〇円)、投資を怠ってきた。また、萱原地区住民は、六年前に、校舎用地を自弁で取得して、被告多賀町に校舎の改築を要求したが、実現されなかった。

右のような経緯のもとで、萱原分校を廃校し、老朽化した校舎の改築等を回避して経費節減をはかることは、教育基本法一〇条に定められた「教育諸条件の整備、確立」という教育行政の責務に反し、地域住民の教育を受ける権利を侵害し違法である。

14  手続き違反

(1) 行政手続が法律に定める手続要件の重要な部分を欠いた場合は勿論、たとえ形式的には手続きに従った外形をとっていても、重大な瑕疵があって実質的に従ったとは評価できない場合には、適正手続違反の法理により、行政処分は違法であり、無効または取消しうべきものとなることはいうまでもない(憲法三一条)。

学校廃校の手続についても、単に議会の多数決で決めさえすれば合法であるとはいえず、予め手続が民主的に行われ、かつ、情報公開が行われ、住民の合意形成面での住民参加が必要とされるのであり、本件の各処分はそのような手続がなされていない点で違法である。

(2) 本件の各処分は、昭和五五年に策定された「多賀町総合計画」において、学校規模の適正化につとめることとされたことに由来するものであるが、その際、策定委員会の構成員に萱原地区の代表者を加えず、審議を住民に公開せず、極めて民主性に欠けるものであった。

その後学校整備計画として、萱原分校と大滝小学校富之尾分校を早期に大滝小学校に統合すること、将来的には二小学校に統合することとされ、通学審議会が構成されたが、その構成員にも萱原地区の代表者を加えず、参加も許さなかったうえ、萱原地区住民の傍聴も許さず、その構成員は学識経験者といっても教育の専門外の人が多く、山村過疎地の出身者はほとんどなく、分校における複式教育の実態を全く経験しない人で占められていた。加えて、審議の過程で分校を見学したり、現地調査したりして分校教育の実態を知ろうとする真摯な態度に欠けていたうえ、分校教育の実態を調査した調査結果が委員に配布されることもなかったし、教職員組合や現場教員の意見聴取することもなかった(なお、教職員は、ほぼ一致して分校廃止に反対している)。このような、非民主的な手続によって答申がされ、被告委員会によって統廃合計画が策定されるに至ったのである。

また、町議会の議決は、原告らが萱原分校教育の重要性を評価して同校の廃校に反対であり、議会に被告町の全有権者六八〇〇人の六割近い四〇〇四人も萱原分校の存続に賛成している旨の請願をしているにもかかわらず、住民の意思を無視してなされたものであり、町議会の議決は多賀町民の支持を受けたものとはいえない。

さらに、被告らは、本件条例案の提案までになされた、萱原地区住民への説明会においても、廃校理由についてまともな説明をしなかった。

右は、前記文部省通達が「学校統合を計画する場合は学校の持つ地域的意義を考え十分地域住民の理解と協力を得て行うよう努めること」としているのに反し、また、公正な行政手続きを履践しておらず、違法である。

15  被告らは、学校統廃合処分に関する地方自治体の裁量権は相当広範であると主張するが、以上のように、本件条例の制定、公布の一連の行為、本件廃校処分及び本件条例は、憲法二六条一項で保障された原告らの子弟に良好な教育条件のもとで教育を受けさせる権利をうばうものであり、学校教育法施行規則一条二項及び教育基本法一〇条に違反し、違法である。

二  被告らの原告らの主張に対する認否

1  原告らの主張1、2記載の事実は認める。

原告らの主張6記載の事実のうち、児童数及び教職員数は認める。

原告らの主張7記載の事実のうち、愛鳥教育及び愛鳥運動が行われてきていることは認める。

原告らの主張8記載の事実のうち、統合後は萱原分校で現在行われている愛鳥教育が実践できなくなることは認める。

原告らの主張9(1)記載の事実のうち、通学距離、通学時間、県道多賀永源寺線の状況、同(4)の事実のうち、一時通行止めとなったことは認める。

原告らの主張12記載の事実のうち、児童数及び未就学児童数は認める。

2  原告らの主張記載のその余の事実は、否認ないし不知。

三  被告らの主張

1  本件処分の裁量性

市町村立学校の統廃合は条例によってなされるが(地方自治法二四四条、二四四条の二第一項、学校教育法二九条)、通学条件、学校の適正規模、教育設備の面等の種々の教育条件及びこれを裏づける財政条件等を総合考慮してなされなければならないのであって、これらの判断は市町村議会に委ねられている。そして、その判断にあたっては、その性質上、議会が教育行政上の相当広汎な裁量権を有するものと解せられ、それが特定の児童ないし保護者に著しく過重な負担を課し、通学を事実上不可能にするなど裁量権の範囲を逸脱し、特定人の教育を受ける権利を侵害した場合のみ統廃合を定めた条例を違法と判断すべきものである。

本件処分については、以下に述べるとおり、裁量権の範囲を逸脱し、特定人の教育を受ける権利を侵害するものではなく、学校の適正規模化、複式学級の解消によって児童の教育を受ける権利を実現しようとするものであって、何ら違法な点は存しない。

2  学校の適正規模化と複式学級の解消

(1) 本件処分は、学校の適正規模化、複式学級の解消によって教育の機会均等を図り教育効果を高めることを目的とする。教育効果の面から適正な学校規模を考察すれば、自ずからその答えは明らかとなる。

子供がたくましく育ち、社会性、協調性を養い、向上心、創造性を培い、多面的思考や公正な判断力等を養い、生きる力をつけていくためには、それ相応の児童数と学級数が必要である。

(2) 同一年齢集団を主体とした教育の必要性

学校教育法は人間相互の関係を重視しているが(学校教育法一七条、一八条一号)、わが国の学校教育は、公立義務教育諸学校の学級編成及び教職員数の標準に関する法律三条に定めるとおり、原則として同一年齢集団を主体とした教育であり、小学校時代に一番大切な発達課題に即した教育は同一年齢児で構成される学級を単位とした集団生活を基礎として行われるものである。学校教育の目標とされている発達段階に応じた知識や技能、思考力、判断力、表現力、自ら学ぶ意欲に満ちた自己確立、社会の変化に対応する能力などは同一年齢集団を通じて培われていくものであり、主として社会教育的活動としての異年齢集団(縦割集団)による教育は、同一年齢集団(学級集団)を主体とした教育が確立されていることが前提であると言われている。

(3) 少人数教育の問題点

同一年齢の児童数が極小規模の場合は複式学級の編成を余儀無くされるが、その場合の児童の傾向については、少人数学級であるため、①競争心が弱く学習意欲が乏しい、②言語コミュニケーションが少ない、③序列意識が固定化しやすい、④刺激が少なく馴れ合いに流れやすい、⑤行動範囲が狭く社会性の育成が難しいなどの問題点が挙げられている。

まして、二学年の学習を一人の教員が指導しなければならない複式学級における、教材研究や準備に倍以上の時間がかかる、児童を直接指導できる時間が半分しかないなどの教育の困難性はいうまでもないところである。

以上の少人数学級、複式学級の問題点は、萱原分校にもみられるところである。

(4) 児童数の推移

萱原分校の児童数は平成二年度は二〇人であるが、その後は出生数から推計すると平成四年度の一九人を最低に、平成七年度は三〇人と増加が見込まれる。

しかし、それでも昭和四二年度の七三人、昭和五〇年代前半の六〇人に遠く及ばない。また、将来の戸数・人口についても、既に地域外に家を建て居住している住民もあり、実在戸数、将来人口の推計には難しいものがある。

なお、分校問題が過疎問題と無縁とは言い難いが、それが全てではなく、むしろ教育の将来的展望を明らかにしないことが過疎化の原因となることもある。

(5) 平成二年度における萱原分校の児童の内訳は、一学年二人、二学年四人、三学年二人、四学年三人、五学年四人、六学年五人であり、学級数、配置教員数は、滋賀県の教員配置基準によれば一・二学年で一学級、三・四学年で一学級、五・六学年で一学級の合計三学級の編成、配置教員三人であるが、複式学級解消のため県費負担及び町費負担の年間臨時講師各一人が配置され、五学級、教員五人となっている。平成三年度はどのような教員配置になるか未確定である。

(6) 小規模校は地域の立地性からやむを得ない措置であり、小規模校なりの教育上の長所もある。そこで、多くの問題や困難をかかえながら現場では懸命に努力し、教育委員会は研修と援助に努め、教員の資質向上をはかっているところである。また、国は、このような教育の困難な特殊事情から教育の機会均等のための教育行政上の措置としてへき地振興法を制定し、さらに、行財政的振興策だけでは解決しえない問題に対処するため、統合による適正規模化が推進されてきた。

萱原分校は、立地条件等からやむなく複式学級編成をとってきたが、以上の問題点および実情、将来予測から、右状態を解消することが是非とも必要であると総合的に判断し、学校統合を進めることとし、本件条例制定の運びとなった。

なお、原告らは大規模校における教育の弊害を主張するが、統合後の大滝小学校の規模は一学年当たり三〇人前後の一学級、合計六学級、児童数一七〇人程度となる見込みであって、大規模校ではない。

3  中教審答申及び文部省通達の統合方策

中央教育審議会は、昭和三一年一一月五日、文部大臣に対し、公立小中学校の統合方策について答申した。右答申は学校統合の基本方針について「(1)国及び地方公共団体は、前文の趣旨に従い、学校統合を奨励すること。ただし、単なる統合という形式にとらわれることなく、教育の効果を考慮し、土地の実情に即して実施すること。(2)学校統合は、将来の児童生徒数の増減の動向を十分に考慮して計画的に実施すること。(3)学校統合は慎重な態度で実施すべきものであって、住民に対する学校統合の意義についての啓発については特に意を用いること。」と述べ、学校統合の基準について「(1)小規模学校を統合する場合の規模は、おおむね一二学級ないし一八学級を基準とすること。(2)児童生徒の通学距離は、通常の場合、小学校児童にあっては四キロメートル、中学校生徒にあっては六キロメートルを最高限度とすることが適当と考えられるが、教育委員会は、地勢、気象、交通等の諸条件並びに通学距離の児童生徒に与える影響を考慮して、さらに実情に即した通学距離の基準を定めること。」と述べている。

文部事務次官は右答申を受けて、同月一七日、都道府県教育委員会及び知事宛に統合の推進をはかるよう通達し、文部省初等中等教育局長等は昭和四八年九月二七日、都道府県教育委員会に対し、学校統合の意義及び学校の適正規模については右通達を踏襲したうえで、その後の実施状況に鑑み、無理な統合を行わないように通達している。

4  通学条件

(1) 大滝小学校は、萱原地区から約3.8キロメートルの距離にあり、通学路は県道多賀永源寺線である。

(2) 冬期積雪時のバス運行中止は昭和五八年度の全国的な異常豪雪の際にはあったが、最近五年間で降雪によるバス遅延のため中学校の授業に支障をきたしたのは、昭和六三年一月一一日の二五分の遅延だけである。

積雪量は萱原地区で最近三年間に一五センチメートルを越えたことはほとんどなく、滋賀県彦根土木事務所が除雪作業したのは四回であり、過去とは著しく気候も変化している。

(3) 県道多賀永源寺線は山間部に存するが全面舗装され、かつて難所とされた樋田地先は昭和五九年に完全改修されている。右県道は萱原地区住民の生活道路として利用され、定期路線バスが一日一二往復運行され、昭和四五年以来中学生はこのバスを利用して多賀中学校に通学し、樋田地区の児童は現在大滝小学校までの約2.9キロメートルを徒歩通学している。

平成二年九月の台風一九号来襲の際に右県道に約五トンの落石があったが、彦根土木事務所が除去し、踏査をした結果、路線バスは始発より平常の運行となった。その後、一車線を車道として確保し、鉄骨H鋼を道路延長一八メートル、高さ四メートルにわたって打ち込み、松材による落石防護柵を設けて安全を期している。

(4) 統合後の通学方法については、全額町費負担によるバス通学とし、バス待ち時間による疲労を軽減するため、登校時一便、下校時一ないし三便の通学専用バスを運行し、さらに、学校・学年行事によって学校の希望に合わせて臨時チャーター便を運行する予定で準備を進めている。

学校には教育課程があり、児童の教育管理のうえから下校時間等に一定の制約があることは当然であるが、授業や放課後の諸活動がバス時間によって制約されることはない。

5  施設の現状

萱原分校は、昭和九年に約五〇〇平方メートルの狭隘な土地いっぱいに普通教室四室と屋内体育館を木造建築したものであり、運動場も約0.4キロメートル離れたところに余儀無く設置されている現状である。

大滝小学校は、昭和五一年、五七年に校舎(普通教室棟)を改築し、ついで昭和六二年に統合を前提として管理棟(特別教室棟)を改築し、給食調理室、プール、体育館、運動場も完備し、教育条件は整備されている。

6  愛鳥教育について

(1) 地域に根ざした特色ある学校づくりについては、被告委員会が奨励してきたところであり、萱原分校では愛鳥活動が進められ、これが導火線となって、おしどりの里づくりに発展したことは大いに評価されるところである。

しかし、これが学校教育の全てでないことは言うまでもない。また、分校の廃止と地域の自然や文化を教材にした教育とは別次元の問題であり、決して矛盾するものではない。

(2) 萱原分校における愛鳥活動の問題点

今日、学校教育においては、地域にある多くの教育的陶冶価値材を発掘し、これを教材化していくことが求められている。もちろん、公教育である以上、学習指導要領に則り、子供の発達段階に即して教科等の中に位置づけ指導していくことが極めて重要な課題となっている。

萱原分校の愛鳥活動は、発達段階の異なる児童が、本来休ませなければならない休憩、休息の時間に実施するなどし、学習指導要領との関連、教育課程編成上から問題があるのではないかと危惧され、また、給餌活動の生態系への影響等も含めて今後検討し、見直してゆかなければならないと思われる。

(3) 統合と愛鳥活動

鳥獣保護思想の高揚、自然保護を柱とする活動は萱原分校でなければできないものではなく、大滝小学校でも可能であり、同校では愛鳥教育を推進する具体的な構想を持っている。本件統廃合は、これまでの愛鳥活動を社会教育と連携を密にしながら学校教育上よりよく向上発展させるものである。

(4) 愛鳥活動と地域活性化

愛鳥活動に関して萱原地区は萱原分校に依存しすぎており、今後は萱原分校の愛鳥教育の成果をもとにしながら、全住民が役割分担をして地域活動へと発展させるべきものであり、児童も地域の子として、地域児童会活動等を通じてその一翼をになってゆくのは当然である。また、おしどりの里は学校教育施設ではなく、これを中心とした活動は、学校教育の一環としてではなく、地域の連帯をはかる地域センター、社会教育の拠点、生涯学習施設として整備してゆくべきものである。

したがって、分校廃止によって住民と一体となった地域活性化が出来なくなるとは考えられない。

(5) オシドリのための環境保全は大切な課題であるが、そのことと公的な学校教育を行うための分校問題とは次元の異なる問題である。

7  故郷教育、環境教育

(1) 故郷の自然や社会について、地域の自然や文化を愛し、実践的な態度を育てることは、今日の教育の重要課題である。全国どこの学校においても、学習指導要領に則り、これを教科の中に位置づけ、子供の発達段階に即して地域の自然、文化を教材化して学習指導を進めている。したがって、その教材化した内容、素材は当該地域によって異なるが、多賀町内はもとより全国の学校において、ゆとりの時間に子供の創意による特色ある活動をすすめ実施し、また、教科の時間などでも地域の教育的陶冶価値材を取り上げて学習し、学習指導要領に則り多大の成果をあげている。

したがって、故郷教育、環境教育など特色ある活動は萱原分校でなければできない教育ではない。

(2) 学習指導要領にも示されているとおり、発達段階に応じて目を序々に外界に向けなければならないが、統合によって校区を広げ、これを自分の地域として感じることのできる生活領域、生活空間を広げることは、偏狭な郷土学習に終始しないためにも必要なことである。また、統合後も児童は地域に住み、地域との接触を絶たれることはない。

統合によって各分校単位で取り上げられてきたユニークな活動を親密に交流し、多くの地域の教育的価値あるものを教材化して発展させていくことが可能であり、広い視野から自分等の住む場所を見つめ、考え、愛し、郷土発展に尽くしていくことが期待される統合には、この面からのメリットが大きい。

8  県内の小学校の統合状況

県内で現在本校に統合されていない小学校の分校は多賀町を除いて六分校であるが、このうち二分校は平成三年四月にも統合されようとしており、残り四分校はいずれもへき地指定二級から五級までの積雪一メートル以上のところである。国の辺地、へき地、準へき地のいずれにも該当しない萱原地区と右四分校とでは諸条件も著しく異なり、本件統合によって教育条件を困難にするものでもなく、被告らが他の市町村と異なった特別なことを実施しようとしているものでもないことは明らかである。

9  公正な手続きによる本件条例の制定

市町村立学校の統廃合は、前記のとおり条例によってなされるものである。

(1) 昭和五五年六月二六日町議会において議決承認された多賀町総合計画はその中で、児童数の推移と地域の実情にあわせて、統廃合を含む学校規模の適正化の施策を樹立し、統廃合の具体案を検討している。右計画は、昭和五三年一一月に発足した策定委員会が町民の意識調査をもとに三部会に分かれて検討し、昭和五五年三月二八日に行った答申に基づいて策定された。

(2) 被告委員会は、子供の幸福を願い望ましい教育効果をあげるためには、昭和三〇年町村合併以来学校整備が重要と考え、被告町長とともに昭和四五年頃から、萱原地区住民に対し複式授業の問題点、適正規模の学校の必要性など統合の教育的意義について説明を続け、理解と協力を求めてきた。

その後、被告委員会は前記策定委員会における議論を踏まえ、昭和五五年「富之尾・萱原両分校を大滝小学校へ、芹谷分校を多賀小学校へ統合し、大君ヶ畑分校、佐目小学校は国道改修整備が完了するまで保留」との学校整備計画を決定し、これに基づいて引き続き被告町長とともに萱原地区住民との話し合いを継続してきた。その過程の中で、住民の要望に応えて、県道多賀永源寺線の樋田地先の道路改修を五年がかりで完成した。

昭和六〇年四月から、樋田地区住民の要望により、同地区を萱原分校の通学区から分離し、大滝小学校の通学区とする旨の規則の一部改正を行った。

(3) 昭和六一年三月二四日町議会において「大滝小学校管理棟建設費は将来の分校統合に伴うものとして認める。教育委員会は統合の早期実現に努力せよ。」との総務常任委員長報告の後、大滝小学校の改築予算議決がなされ、昭和六二年三月竣工した。

(4) 被告町長は、前記学校整備計画決定後七年を経過して関係地区の意見、さらには通学道路、バス交通、地域の生活実態、児童数、国のへき地指定の見直しなど予想もしなかった急激な変化もあり、右計画を再検討することが必要と考え、通学区域の適正化を期するため審議会を設置することとし、多賀町通学区域審議会条例案を昭和六二年九月町議会に提案し、町議会はこれを可決し、同年一二月右審議会が発足して、平成元年三月二七日に答申した。

通学区域審議会委員一五人の中には萱原地区在住者一人、また、分校・へき地教育を経験した現職校長二人、元校長一人が含まれ、審議会は、慎重かつ十分に審議した。

右答申の要旨は「文部省の示す適正な学校規模の基準を参考にし、本町の立地条件、特異性に立脚した適正な小学校の教育環境をつくることが急務である。望ましい教育効果をたかめるためには、一学年二〇人以上で、少なくとも複式学級を解消することが不可欠なことであり、当審議会としては、多賀町教育を展望し、大滝小学校と多賀小学校の二小学校校区にすることが最も適当と考える。しかし、諸般の事情を考慮すると、暫定的には現状の三小学校もやむを得ないと考えられるが、将来構想をふまえて通学区域の整備をすすめることが必要である。以上のとおりの結論を得たので、可及的速やかに、この実現をみるよう答申する。」というものであった。

右答申を受けて被告委員会は慎重に審議し、平成三年四月から萱原分校を大滝小学校へ統合すること等を内容とする学校整備計画を決定した。

(5) 萱原地区住民との話合い

通学区域審議会の右答申及び学校整備計画をもとに、平成元年五月二〇日萱原分校で関係学区の説明会を開催した他、引き続き関係者との話合いを行い、平成二年三月二八日には全額町費負担による学校希望時刻に合わせた通学バスを運行することを通学条件として萱原区長に提示し、話合いを申し入れ、同年六月九日説明会を再開することができた。しかし、同年八月七日には萱原地区七団体代表者等から統合反対である旨の要請書が被告町長及び被告委員会に提出された。これに対し、同月二二日被告委員会は反対理由としてあげられた点に対して被告町長と被告委員会が協議し、話合いを継続する希望を付して回答した。萱原地区長は、右要請に応じることなく、同年九月一四日右要請書と同内容の請願書を町議会議長に提出した。

被告委員会は、富之尾分校区においては統合やむなしとの結論が出されており、子供の幸福のためにはいつまでも現状を続けることは忍びがたく、一日も早く学校整備を図ることが教育行政の責務であると考え、平成三年四月一日からの学校統合の決議をし、条例改正を被告町長に建議した。

(6) 被告町長は、平成二年九月二一日富之尾分校学区以外では統合の合意が得られていないこと等を説明したうえ町議会に本件条例の制定を提案し、町議会の付託を受けた総務常任委員会は同月二七日、同年一〇月一日の両日にわたって審議し、条例施行日を平成四年四月一日からに修正して、可決した。平成二年一〇月五日本会議において、反対一人を除いて多数決で本件条例は可決された。

(7) 以上のとおりであって、本件条例の制定に先立ち、昭和五五年六月に町議会の議決によって成立した多賀町総合計画に則り、一〇年の年月をかけて慎重に検討され、その間萱原地区住民に対する説明、意向の聴取も十分に行われた。また、通学区域審議会が設置され専門的に検討され、慎重かつ十分な審議の末答申がなされたものである。

したがって、手続面においても何ら問題点は存しない。

理由

第一原告らの主張1、2記載の各事実は当事者間に争いがない。

第二訴訟要件について

一処分性等について

行政事件訴訟法三条にいう抗告訴訟の対象となる行政処分とは、それにより個人の権利義務ないし法的地位に直接具体的な影響を及ぼすものをいうが、本件では、その対象とする行政庁の行為が、本件制定及び本件公布の一連の行為、本件廃校処分、本件制定、本件条例と多岐にわたるので、まず、右各行為の処分性及び被告適格について検討する。

1  条例の制定行為、公布行為の処分性

成文の法令、例えば条例は地方公共団体の議会の議決によって成立するものであり、その成立した法令の内容を一般住民に知らせるための表示行為が法令の公布であり、これによって法令は住民に対し現実にその拘束力を発動させることになる。したがって、法令の制定(議決)だけでは一般国民(住民)は直接に当該法令に拘束されるものではなく、また、法令の公布は既に成立している法令を周知させるために、これを外部に表示する行為であり、法令の制定に付随的な行為に過ぎないから、いずれの行為もそれ自体で特定人の具体的権利義務に影響を及ぼすものではなく、独立に抗告訴訟の対象とはならない。

また、原告らの主張するように法令の制定とその公布の一連の行為と捉えても、一般に法令の制定と公布は一つの目的に向けられた一連の手続きの一部を構成するものであるから、一つの目的に向けられているからといって制定と公布の意味が変わってくるというものでもない。そして、法令の制定及び公布の処分性については前記のとおりであるから、本件制定と本件公布の一連の行為も抗告訴訟の対象とはならない。

2  廃校処分の処分性

原告らの主張する本件廃校処分の内容は必ずしも明らかでないが、いわゆる公用廃止をいい、教育機関の職員組織や施設を解消することをいうものと考えられる。

ところで、地方自治法二四四条一項、二四四条の二第一項によれば、公の施設である地方公共団体の設置する小学校等の公立学校の設置及び管理に関する事項は条例によるべきものとされ、その廃止も条例により定められることになると解される。その趣旨は、地方住民の利用に供すべき公の施設の設置が当該地方公共団体の遂行すべき重要な事業の一つであり、かつ、一般に相当額の予算措置を必要とするものであることから、地方公共団体の最も基本的な意思決定方式である議会の議決を経て制定される条例という法形式で直接個別的になされるべきとすることにあると解される。地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条一号の規定は、右趣旨及び規定文言からして、学校設置、管理及び廃止に関する事務の管理、執行に属するものに限って教育委員会の権限とする趣旨であって、設置または廃止の決定そのものを教育委員会の権限とする趣旨であるとは解されない。

したがって、廃校処分は右条例がその制定、公布によってすでに完結して効力を生じていることを前提とした、事後的な事務処理にすぎず、それ自体で特定人の具体的権利義務に影響を及ぼすものではなく、独立に抗告訴訟の対象とはならない。

3  条例の処分性

前記のとおり、公立学校の廃止も条例により定められるが、地方公共団体の制定する条例は、一般、抽象的規範を定立するものであって、通常は行政庁の具体的行為が介在しないと、個人の権利義務ないし法的地位に直接具体的な影響を及ぼさないから、原則として抗告訴訟の対象である行政処分に当たらない。しかし、このような立法行為の形式を採るものであっても、条例に基づく行政庁の具体的処分を待たずに、条例そのものによって直ちに個人の権利義務に直接具体的な影響を及ぼすものについては、それは純粋な立法にとどまらず、立法の形式を借りた行政処分でもあり、例外的に抗告訴訟を提起し、その効力を争うことが許されると解される。

本件条例は多賀町立学校の設置等に関する条例の一部を改正し、多賀小学校芹谷分校、多賀小学校霊仙分校、大滝小学校富之尾分校、萱原分校及び脇ヶ畑小学校を削除するというもので、小学校の廃止を規定したものである。

ところで、営造物は公共性があるからといって、住民の利用したいという一方的な意思だけで利用できるものではなく、行政庁がその利用を受諾しなければ利用できないので、一般住民の営造物利用権は抽象的権利にとどまる。したがって、本件条例は、一般住民との関係では、直接には住民個人の権利義務に変動を生じさせない。しかし、就学中の児童の保護者は学校教育法二二条、三九条によりその子女を小中学校に就学させる一般的な義務を負っているが、同法施行令六条一項、二項の就学指定は保護者に対し具体的にその子女を特定の学校に就学させる義務を生じさせる効果を有するもの、すなわち営造物である特定の小学校に具体的利用関係を生じさせるものであるから、保護者はその子女を当該学校で法定の義務年限は授業を受けさせる権利乃至法的利益を有すると解され、条例による当該小学校の廃止によって、直接、これを利用する利益を失うことになる。したがって、本件条例は右保護者との関係では抗告訴訟の対象たる処分と解される。

原告就学保護者は、現に萱原分校にその保護する児童を通学させていることは当事者に争いがなく、それにより萱原分校について具体的な利用関係が生じていると認められ、萱原分校の廃止によって当然に、その後になされる学校指定処分等を待たずに、萱原分校を利用する利益を失うことになる。したがって、少なくとも原告就学保護者との関係では、本件条例は、抗告訴訟の対象たる処分に当たると解される。

4 なお、本件条例の施行日は平成五年四月一日であるが、本件条例は同日の到来により行政庁の具体的処分を待たず萱原分校廃止の効力を生ずること、本件公布後被告委員会は平成二年一〇月一〇日多賀町立学校通学区域に関する規則の一部を改正し、同月一一日公布したことが認められる。したがって、本件条例は直接萱原分校の利用関係に変動をもたらすものであるうえ、施行日前でも本件条例の施行を前提とした準備行為がなされていることから、単なる事実行為あるいは内部的行為に止まるとは解されない。したがって、訴えの成熟性に欠けることはない。

5 被告適格

抗告訴訟では処分をした行政庁が被告となるが(行政事件訴訟法一一条一項、三八条一項)、この処分をした行政庁がだれかは、結局、法令がどのように定めているかによる。本件では条例を制定したものであり、地方自治法一四条一項によれば、それは、当該地方公共団体である被告町ということになる。

6 したがって、本件訴えのうち、本件条例の制定及び公布の一連の行為の取消を求める訴え、本件廃校処分の取消を求める訴え、本件制定の取消を求める訴え及び被告委員会との間で本件条例の無効確認を求める訴えは、いずれも不適法である。

二原告適格

1 前記のとおり、一般住民の学校利用権は抽象的権利であるに止まるが、保護者は特定の小学校に子女を就学させるため当該営造物を利用する、一種の法律上保護されるべき利益を有していると解することができる。

原告就学保護者は、前認定のとおり、その保護する児童を萱原分校に通学させており、本件条例により平成五年四月一日以降は萱原分校に通学させることはできなくなるのであるから、本件条例により萱原分校を利用する利益に影響を受けることになるので、原告適格を有する(なお、弁論の全趣旨によれば原告就学保護者中の別紙原告ら目録23乃至30記載の原告らは、その保護する児童が既に萱原分校を卒業したことが認められるので、右原告らについては次の原告一般住民と同じ)。

弁論の全趣旨によれば、原告未就学保護者中の別紙原告ら目録31乃至34、47乃至50記載の原告らは、その保護する児童が平成三年四月以降、萱原分校に通学していることが認められるので右原告らも原告適格を有する。

2 原告未就学保護者は、改正前の条例によれば平成五年四月一日以降、その保護する子供の教育のために萱原分校を利用しうる関係にあり、また、仮に原告一般住民は学校の存在に関し人格権や社会教育権を有しているとしても、前記のとおり右原告らの特定の学校に対する具体的利用権は学校指定処分によってはじめて生じるのであり、原告未就学保護者及び原告一般住民は本件条例によっては具体的権利義務に何らの影響もうけないので、右原告らはいずれも原告適格を欠く(但し、前記のとおり、別紙原告ら目録31乃至34、47乃至50記載の原告らを除く)。

3 行政事件訴訟法三六条は、無効等確認の訴えについて、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効等の確認を受けるについて法律上の利益を有する者で、当該処分の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り提起できる旨定めている。

本件条例は少なくとも形式的には存在し、前記のとおりこれを前提とする準備行為がなされ、また、施行までには被告委員会により本件条例を前提として学校指定変更処分がなされる可能性があり、他方、後になされる学校指定変更処分を待ってその取消を得ても学校そのものが存在しないのでは萱原分校の利用権を回復しようという原告らの目的を達成することはできない。

したがって、被告町に対し、本件条例の無効確認を求める訴えは適法である。

第三本件条例の違法性について

一本件条例の裁量性

前記のとおり、市町村立学校の統廃合は条例によってなされるが(地方自治法二四四条、二四四条の二第一項、学校教育法二九条)、通学条件、学校の適正規模、教育設備の面等の種々の教育条件及びこれを裏づける財政条件等を総合考慮してなされなければならず、これらの判断は市町村議会に委ねられているものといわなければならない。そしてその判断にあたっては、その性質上議会が教育行政上の相当広汎な裁量権を有するものと解せられ、それが特定の児童ないし保護者に著しく過重な負担を課し、通学を事実上不可能にするなど裁量権の範囲を逸脱し、特定人の教育を受ける権利を侵害した場合のみ統廃合を定めた条例を違法と判断すべきものである。

二実質的違法性

1  萱原分校

当事者間に争いのない事実、〈書証番号略〉、証人村長昭義、同寺村義一の各証言によれば、以下の事実が認められる。

萱原地区の人口は昭和四五年四七五人、昭和五五年五一八人、平成二年四七八人とほぼ横這い状態にあり、昭和六二年以降の萱原分校の児童数及びその予想数は

昭和六二年度 三二人

昭和六三年度 三一人

平成元年度  二六人

平成二年度  二〇人

平成三年度  二〇人

平成四年度  一八人

平成五年度  二三人

平成六年度  二五人

平成七年度  二八人

平成八年度  三三人

平成九年度  三三人

でほぼ三〇人前後、標準学級数は四乃至三学級であり、県費及び町費負担の年間臨時講師を得た結果複式学級は零乃至三学級に止まること、同一学年を構成する児童数は最多でも九人、今後は八人であること、平成二年度の教員数は五人であること、多賀町の総人口は平成一二年は平成三年と同程度あるいは減少が予測され、第三次多賀町総合計画の設定する平成一二年の目標人口を前提とすると年齢一四歳以下の年少人口は昭和六〇年二〇一〇人、平成七年一八三〇人、平成一二年二一三〇人と一時減少した後同程度まで回復することが予測されること、多賀町内の全児童数は昭和六二年度七七六人、昭和六三年度七五八人、平成元年度七六一人、平成二年度七一四人であって減少傾向にあること、が認められる。

以上の事実からすると、今後、萱原分校の児童数は三〇人前後、同一学年を構成する児童数は最多でも八人前後となり、特別の教育行政上の配慮をしない限り複式学級二乃至三学級が存在する小規模校として存続する可能性が高いことが認められる。

2  大滝小学校

本件条例の施行により、萱原分校と大滝小学校富之尾分校は廃止され大滝小学校に統合されることになり、両分校の児童は大滝小学校に通学することになることは当事者間に争いがない。〈書証番号略〉、証人桂田賢治の証言、証人寺村義一の証言及び〈書証番号略〉によれば、統合後の大滝小学校の児童数が約一七〇人、学級数が六学級、一学級を構成する児童数約三〇人、教員数が一一人であることが認められ、学校規模は拡大するものの、萱原分校ほどではないが小規模校であることが認められる。

3  教育条件

(1) 大滝小学校と萱原分校とが本校と分校の関係にあることは当事者間に争いがなく、〈書証番号略〉によれば、両校とも豊かな自然環境に恵まれ、合同学習等の教育実践や研究面での交流があることが認められ、小学校における教育課程は学習指導要領によるものとされ(学校教育法施行規則二五条)、教材は原則として文部大臣の検定を経た教科書図書を使用することとされており(学校教育法二一条)、また、公立の小学校における教育課程の編成、教科書等の教材選択等は教育委員会の管理、執行のもとに行われるものであるから(地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条)、萱原分校と大滝小学校とは教育課程、教材とも概ね同一であって、基本的な教育内容はほぼ均質性が保たれていることが認められる。また、大滝小学校の教育内容に特に問題があると認めるに足りる証拠もない。

(2) 〈書証番号略〉、証人寺村義一の証言によれば、萱原分校は、昭和九年に約五〇〇平方メートルの狭隘な土地いっぱいに普通教室四室と屋内体育館を木造建築したものであり、運動場も約0.4キロメートル離れたところに設置されているが、大滝小学校は、昭和五一年、五七年に校舎(普通教室棟)を改築し、ついで昭和六二年に統合を前提として管理棟(特別教室棟)を改築し、給食調理室、プール、体育館、運動場も完備していることが認められる。

(3) 前記児童数、学級数、同一学年を構成する児童数、教員数、物的施設状況に照らすと、同じく小規模校ではあっても、統合後の大滝小学校はより学校規模が大きく、複式学級という制約もなく、その教員数が多いことや物的設備が優れていることから、より多彩な教育内容を実現できる点において萱原分校よりも優れているということができる。

4  通学条件

(1) 萱原地区児童の萱原分校への通学距離、通学時間、統合後の大滝小学校への通学距離、通学時間、通学路については当事者間に争いがない。

〈書証番号略〉、原告久保田捨春の本人尋問の結果及び〈書証番号略〉、証人寺村義一の証言によれば、統合後は萱原地区の児童は全額町費負担の通学専用バスを利用して通学すること、運行時間は学校の授業時間に合わせて設定すること、学校行事に合わせて臨時チャーター便を運行すること、所要時間は約七分であること、また、県道では現在多賀中学校生徒が通学バスとして利用している定期路線バスが一日一二往復していること、児童の遅刻や病気の際等の大滝小学校までの送迎や保護者の学校行事への参加のためには路線バスや自家用車などを利用しなければならず、萱原分校では徒歩で足りたことに比べ保護者や家族の負担が増加することが認められる。

また、当事者に争いのない事実、〈書証番号略〉、原告高橋与志勝の本人尋問の結果及び〈書証番号略〉、証人村長昭義、同寺村義一の各証言、〈書証番号略〉によれば、通学道路となる県道多賀永源寺線は全面舗装され、かつて一番の難所とされた樋田地先は昭和五九年頃に改修され、通勤通学道路として利用されていること、平成二年九月台風一九号による落石等による一時通行止めがあったが、その後定期路線バスは始発から平常通り運行されたこと、右落石等に対して鉄骨H鋼を道路延長一八メートル高さ四メートルにわたって打ち込み、松材による落石防護柵を設ける等の補修工事は一応済んでいることが認められる。

〈書証番号略〉、証人寺村義一の証言、弁論の全趣旨によれば、昭和五八年度の全国的な異常豪雪の時には路線バス運行中止が五回あったが、昭和六二年以降は積雪の影響で路線バスが遅延し多賀中学校の授業に支障をきたしたのは昭和六三年度に二五分遅延の一回だけであり、平成二年以降彦根土木事務所が除雪作業をしたのは延べ四回であることが認められる。

以上の事実によれば、統廃合により萱原地区児童の通学距離が延び、負担が増加することが認められるが、授業時間に合わせて通学専用バスが運行されることから学校生活がバスの運行時間に制約されることは殆どなく、その所要時間、道路の安全性が一応確保され、積雪の影響も小さいことから、バス通学による児童の心身の負担の増加は小さいことが認められる。また、児童の遅刻や病気の際等の送迎や保護者らが学校行事に参加するための負担が増加することが認められるが、大滝小学校が適切な連絡等の措置をとり、また、保護者らが自家用車や路線バスなどを利用して対応することが可能であることから、さほど大きな負担とは認められない。

5  適正規模化

原告らは小規模校、複式学級の長所、萱原分校における教育効果の高さを強調し、他方、被告らは本件条例は学校の適正規模化、複式学級の解消によって教育の機会均等を図り教育効果を高めることを目的とするものであり、統廃合の結果右目的を実現できると主張するので、以下検討する。

(1) 小規模校、複式学級の問題点

〈書証番号略〉、証人寺村義一の証言及び〈書証番号略〉によれば、以下の事実が認められる。

現行の学校教育法施行規則一七条、二〇条では小・中学校の学校規模は一二学級以上一八学級以下、児童生徒数六〇〇乃至九〇〇人を標準としており、右規模以下の学校を小規模校という。小規模校においては、一般的に、少人数であることから丁寧に教えられるくせがつき依存性が高い、また、序列意識が固定化し自主性自発性に欠ける、児童集団が小さいため多面的な思考や幅広い個性に触れる機会が少なく創造性、表現力に欠ける、また、感情に走りやすく自己制御力に欠ける、大きな集団の中に入ると萎縮しやすい等社会性、集団性に欠ける、一定人数を必要とする学習活動(合奏、合唱、体育、児童会等)ができない、一人でも休むと教育活動に支障をきたす、児童数の関係から学級編成が毎年のように変化し経営体制に安定性を欠く、教員数が少ないため人事異動の影響を直接的に受けたりする等の問題点があることが指摘されている。

また、複式学級とは複数学年の児童生徒をもって編成される学級であり、公立義務教育諸学校の学級編成及び教職員定数の標準に関する法律三条によれば、学校の児童生徒数が極小規模の場合等に複式学級編成をすることができ、学級編成の区分は小学校では隣接する二学年児童で編成する学級は一八人、第一学年の児童を含む学級にあっては一〇人とされている。複式学級編成においては一般的に、ワタリのある授業(教員が一方の学年を指導している間、他の学年は自学自習の学習方法をとらせる授業の一方法)では直接指導の時間が短くなり学力が高めにくい、AB年度案(二個学年の内容を二年計画にしてA年度とB年度に分けて二年間を通して指導する方法)による授業では学年差による系統性、習熟性、経験度を配慮した授業がしにくい、複式学級の指導には教員の経験と技術を必要とする、複式では計画段階から相当な苦労がいり、教材研究に時間がかかる、導入やまとめ段階の時間をとりにくい、教員人事に困難が伴う等の問題点があることが指摘されている。

以上の小規模校、複式学級の問題点は小規模校の場合に複式学級編成を余儀なくされることから相互に重複する部分があるが、萱原分校においてもほぼ同様の問題点が指摘されている。

(2) 萱原分校のとりくみ

〈書証番号略〉、原告高橋与志勝の本人尋問の結果及び〈書証番号略〉、証人木全清博の証言及び〈書証番号略〉、証人村長昭義、同寺村義一の各証言、原告久保田捨春本人尋問の結果の証言によれば、以下の事実が認められる。

萱原分校においては、それまでの学力向上を目指した教科書中心の教育が地域人口の流出を招いたとして、昭和五九年以降地域のもつ良さを生かした教育、地域を盛り上げていける原動力になりうる人を育てる教育を目指し、環境教育と郷土教育を合体させた「ふるさと教育」を標榜し、特徴的な教育実践としては愛鳥教育、「通信萱原」がある。愛鳥教育は萱原分校近くにある犬上ダム湖付近に飛来するオシドリ等の給餌等の保護、観察等から成り立っており、餌の収集や親子早朝探鳥会などをPTA等地域住民と一緒に実施したことにより萱原地域住民の愛鳥意識が高まり、これをきっかけに「郷土鳥和の会」が結成されたり、萱原地区をあげての愛鳥運動にまで発展し、「おしどりの里かやはら」という地域活性化運動につながっている。萱原分校は、昭和六二年に愛鳥モデル校に指定され、昭和六三年に京都新聞主催の草の根善行賞を受賞し、平成元年に第二二回全国鳥獣保護実績発表大会林野庁長官賞を受賞し、平成三年に財団法人滋賀教育会から心の教育実践賞を受賞し、各種報道機関でも取り上げられるなどして高い評価を受けている。「通信萱原」は萱原分校の教員が編集して萱原地区の全戸に配布しているもので、学校情報のみならず地域全体の歴史、自然等の情報が掲載されており、教育資源としての地域住民の開発や地域の活性化を促進する効果をあげ、地域と学校の結びつきを密接なものとしている。また、複式学級における授業方法等にも種々の工夫がなされ、児童ひとりひとりの能力適性に応じた指導、すみずみまで行き届いた教育が実践され、必要以上に依存心を植えつけず、追及心を摘み取らない指導がなされている。

その結果、発言を取り上げられる機会が多い等児童の満足感が高い、異年齢集団の交流によって協調性が高まる、恵まれた自然と触れ合う機会が多く、地域の自然や文化を愛し守ろうとする実践的態度が養育される、児童・父母・地域住民・教員との人間関係が親密になる等の小規模校・複式学級の長所を最大限に生かした教育効果をあげており、他方、児童に基礎学力、多面的思考力、社会性、創造性、向上心等の一般的には小規模校・複式学級の児童では劣っていると指摘されている能力等も児童に培われているなどの、問題点を克服する相当の教育効果をあげている。

しかし、右のような教育効果をあげながらも、他方で児童に社会性や集団性に欠ける、表現力が弱い、序列意識が固定化しやすい等の指摘がなされており、また、教員側に前記の指導上の困難が伴っている。以上の事実が認められる。

右事実によれば、萱原分校においては特に昭和五九年以来積み上げてきた教育実践の結果、小規模校・複式学級の長所を生かし、その問題点を克服して相当の教育効果をあげていることが認められるが、他方、集団が極小であることから指導によって克服できる範囲にも限界があること、問題点の克服のために教員側にかなりの努力と経験が求められ、学校経営体制に安定性を欠くことなど、その問題点が全て解消されたというわけではないことが認められる。

(3) 統合による問題解決

前認定のとおり、本件条例の施行により、萱原分校の児童は大滝小学校に通学することになるが、統合後の大滝小学校も小規模校であり、小規模校の問題点とその克服のための努力の必要性は同様に認められる。しかし、以上の事実からすると、学校規模が拡大することからその問題視すべき程度は萱原分校におけるほど深刻ではなく、また、複式学級は完全に解消されてその問題点はなくなることが認められる。

(4) なお、原告らは、小規模校、複式学級の長所を強調するが、小学校教育の目的は心身の発達に応じて初等普通教育を施すことにあり(学校教育法一七条)、公教育の場においては、児童を学年別に分け、段階的に一定の教育課程に従った教育指導を行うのが本則というべきであり(公立義務教育諸学校の学級編成及び教員定数の標準に関する法律三条一項)、複式学級についてそれなりの特色や教育効果を肯定し、教育的観点から一定の評価をすることが可能であるとしても、複式学級が学年別の学級編成より優れていると断定することはできない。

また、統廃合によって学校規模が拡大するといっても、統合後の大滝小学校も小規模校であることは前認定のとおりであり、同校に大規模校で指摘されているような特段の問題点があると認めるに足りる証拠はない。

そこで、萱原分校における小規模校、複式学級の問題点を解決するために右(2)の萱原分校を存続させ、指導内容・方法について努力する方策によるのでなく(3)の統廃合により学校規模を拡大する方策を選択すること自体は、不合理とは認められない。

6  統合によるマイナス面

しかし、統廃合によってもたらされるのは小規模校、複式学級の問題点の解決ばかりではなく、種々のマイナス面をも伴うので、以下検討する。

(1) ふる郷教育

萱原分校においては長年にわたってふる郷教育がなされ相当の教育効果をあげ、萱原地区の活性化に貢献してきたことは前認定のとおりであるが、昼休み時間を利用して約一キロメートルの距離にある犬上ダム湖まで給餌に行く、少人数で観察する、地域住民の援助を得て餌を収集する等の実践方法からして、統合後はそのままの形態で大滝小学校において実践していくことは不可能であることは当事者に争いがない。また、〈書証番号略〉、証人桂田賢治、同村長昭義、同木全清博の各証言によれば、萱原分校におけるふる郷教育の成果は、豊かな自然環境を背景に長年にわたる教育実践の積み重ねや地域の協力の結果得られたものであることが認められる。

以上の事実によれば、統合後の大滝小学校において愛鳥活動等に取り組むとしても、萱原分校での教育実践と同内容の実践、教育効果、地域活性化運動への貢献をすることは困難であることが認められる。

原告らは、萱原分校における個に徹し、地域環境や地域社会と密接に結びついた教育が、小学校教育の一つの理想を示すものであると主張し、〈書証番号略〉、証人村長昭義、同桂田賢治、同木全清博の各証言によれば、立場によっては、そのような評価をすることも可能であることが認められる。しかしながら、萱原分校で標榜されたふる郷教育が一学区一地域でなければ不可能であるとか、環境教育や郷土教育が萱原分校での実践と同内容で行われなければ教育上意味がないと認めるに足りる証拠はない。また、萱原分校におけるふるさと教育という固有の教育を受ける権利が原告らに保障されているというわけでもない。

(2) 地域環境、地域社会との結びつき

原告らはバス通学では児童が地域の自然環境に親しんだりする機会が減る旨主張し、〈書証番号略〉、証人村長昭義、同桂田賢治、同木全清博の各証言によれば、学校教育、殊に小学校教育においては、教科の履修に止まらず、学習と生活の場における児童と教師、保護者等との人間的接触、児童を取り囲む生活環境との触れ合いも重要な要素をなすことが認められる。

しかし、前認定の事実及び〈書証番号略〉、原告久保田捨春の本人尋問の結果によれば、統廃合後も萱原地区の児童は同地区に居住し、通学専用バスに乗車するために同地区内の特定地点までは徒歩で通うことになることが認められ、また、そのバス通学の所要時間は約七分で、授業時間等に合わせて運行されるのであるから、バスを待つ時間を考慮しても萱原分校に通学するのとほとんど同程度に地域の自然環境や住民に親しみ、地域で遊ぶ時間があるものと認められる。

また、原告らは保護者や地域住民の学校に対する親密感等が喪失すると主張し、前記大滝小学校の所在場所、萱原地区からの距離、〈書証番号略〉、原告久保捨春の本人尋問の結果によれば、萱原分校と萱原地区住民との親密感は長年にわたる両者の交流の上に成り立っていることからして親密感等が薄れることが認められるが、他方、前認定のとおり通学距離は約四キロメートルにとどまり、県道多賀永源寺線は萱原地区住民等の通勤通学道路であり、また、証人村長昭義の証言によれば、萱原地区の就労者の多くは萱原地区外の多賀町中心部や彦根市内等に勤務先を有しているのであるから、萱原地区住民の対応、考え方いかんによっては、統合後の大滝小学校に対しても親密感を抱くことが十分可能である。また、文化的資源としての教員との接触も同様にそれほど困難をきたすとは認められない。

(3) 過疎化の進行

萱原分校の廃止が萱原地区の過疎化に及ぼす影響については、前記のとおり地域社会との接触が児童にとって教育資源の一部を構成することから、以下検討する。

前認定の事実及び〈書証番号略〉、証人村長昭義、同桂田賢治、同北喜八郎の各証言、原告久保田捨春、同高橋与志勝の各本人尋問の結果によれば、一般的に学校はその所在する地域の文化の中心地であり、地域住民の精神的支柱であること、したがって、過疎化が進行した地域において学校が廃止されると一層過疎化が進行すること、萱原地区においても、住民が萱原分校に愛着を持ち、萱原分校の廃止によって文化的、精神的支柱が失われ、過疎化が進行するとの危機感をもって反対運動を展開してきていること、また、萱原分校のふる郷教育が萱原地区の地域活性化の契機となっていることが認められる。他方、前認定のとおり、萱原地区人口はほぼ横這い状態であること、萱原地区の就労者の多くは同地区外に就労場所を得ており経済生活の基盤は同地区にないこと、また、〈書証番号略〉、証人寺村義一の証言によれば、萱原地区は「辺地に係る、公共的施設の総合整備のための財政上の特別措置等に関する法律」による辺地指定を昭和四六年に解除されていること、被告町は萱原地区の愛鳥運動を発展継続させ地域活性化をはかるため、昭和六三年度から県の事業補助を得ておしどりの里整備事業を三二〇〇万円かけて三年間継続して実施し、前庭広場及び野鳥資料館を建設し、今後もプロジェクトチームを編成して萱原地区の地域活性化を支援する予定であり、萱原分校での愛鳥教育の成果を引き継ぐ予定であること、右運動が観光開発に結びつくことが認められる。

したがって、萱原分校の廃止によって萱原地区の地域活性化運動の活力は低下するものと認められるが、他方、地域内に経済的基盤がなくても住民の減少がなく、既に被告町が地域活性化のための設備投資をし、今後も援助をしていく予定であること、愛鳥教育の成果を引き継ぐことができること、愛鳥運動が犬上ダムを中心とした観光開発に発展しうることからすると、今後の萱原地区住民の取組方いかんによっては地域の活性化は促進しうるものと認められる。

7  以上のとおりであって、萱原分校では個別指導の徹底、地域環境や地域社会に密接に結びついた教育がなされ、相当の教育効果をあげていることが認められるが、他方、統廃合により学校規模を拡大して極小規模校、複式学級の問題性を低減、解消し、人的、物的設備の充実をはかって教育効果を高める利点を認めることができ、統廃合により多少通学条件が悪化し、萱原地区の教育条件が多少低下することが認められるが、その程度はさほど大きくないのであるから、統廃合が児童及び原告らの教育を受ける権利ないし教育権を侵すことになるとは認められない。

三手続的違法性

市町村立学校の統廃合は、前記のとおり条例によってなされているものである。

1  〈書証番号略〉、原告高橋与志勝本人尋問の結果及び〈書証番号略〉、原告久保田捨春本人尋問の結果及び〈書証番号略〉、証人寺村義一の証言及び〈書証番号略〉によれば、以下の事実が認められる。

(1) 多賀町総合計画

被告多賀町は昭和三〇年に町村合併により成立し、昭和三七年中学校が一校に統合され、萱原地区の生徒も昭和四三年から現在の多賀中学校に通学している。被告町長及び委員会は昭和四五年頃から、萱原地区住民に対し複式授業の問題点、適正規模の学校の必要性など統合の教育的意義について説明を続け、理解と協力を求めてきた。

その後、昭和五三年多賀町総合計画策定委員会(萱原地区住民二人を含む委員五〇人)が発足して同計画案を検討し、昭和五五年に答申が出され、これに基づいて昭和五五年六月二六日多賀町総合計画が議決承認された。右計画は教育文化の施策として「児童数の推移と地域の実情にあわせて統廃合を含む学校規模の適正化につとめる」ことを掲げていた。被告委員会は前記策定委員会における議論を踏まえ、昭和五五年富之尾・萱原両分校を大滝小学校へ、芹谷分校を多賀小学校へ統合し、大君ヶ畑分校、佐目小学校は国道改修整備が完了するまで結論を保留する旨の学校整備計画を決定し、これに基づいて引き続き被告町長とともに関係地区住民等との話し合いを継続してきた。その中で、住民の要望に応えて、県道多賀永源寺線の樋田地先の道路改修を五年がかりで完成し、昭和六〇年四月から、樋田地区住民の要望により、同地区を萱原分校の通学区から分離し、大滝小学校の通学区とする旨の規則の一部改正を行った。

昭和五八年八月萱原分校を守る特別対策委員会規則が発効し、その頃から「通信萱原」(萱原分校が発行するものとは別のもの)が発行され、萱原地区住民の統廃合反対運動が活発化した。

昭和六一年三月二四日町議会において、統合を予定して大滝小学校の改築予算議決がなされ、昭和六二年三月竣工した。

(2) 通学区域審議会答申

被告町長は、前記学校整備計画決定後七年を経過して関係地区の意見、さらには通学道路、バス交通、地域の生活実態、児童数、国のへき地指定の見直しなど予想もしなかった急激な変化もあり、右計画を再検討することが必要と考え、通学区域の適正化を期するため審議会を設置することとし、多賀町通学区域審議会条例案を昭和六二年九月町議会に提案し、町議会はこれを可決し、同年一二月右審議会が発足して、平成元年三月二七日に答申をした。

右答申の内容は「文部省の示す適正な学校規模の基準を参考にし、多賀町の立地条件、特異性に立脚した適正な小学校の教育環境をつくることが急務であり、望ましい教育効果をたかめるためには、一学年二〇人以上で、少なくとも複式学級を解消することが不可欠なことであり、二小学校区にすること(その結果、大滝小学校富之尾分校、萱原分校は大滝小学校へ、脇ヶ畑小学校、多賀小学校霊仙分校、大滝小学校芹谷分校、佐目小学校、大滝小学校大君ヶ畑分校は多賀小学校へ統合されることになる)が最も適当であると考えられる。しかし、諸般の事情を考慮すると、暫定的には現状の三小学校(多賀、大滝、佐目小学校)もやむをえないと考えられるが、将来構想をふまえて通学区域の整備をすすめることが必要である。」というものであった。右答申を受けて被告委員会は、平成三年四月から萱原分校を大滝小学校へ統合すること等を内容とする学校整備計画を決定し、本件条例が制定、公布された。

通学区域審議会の委員は審議会設置条例に基づいて選出され、議会代表者二人、区長代表者一人、PTA代表者一人、校長代表者二人(多賀小学校長、多賀中学校長)、学識経験者九人から成り、萱原地区在住者一人を含む本件統廃合関係地区在住者五人が含まれていた。また、分校へき地教育を経験したことのある現職の校長二人、元校長一人、大学教授一人、校医一人がふくまれ、他の委員も全て多賀町在住者で構成されていた。同委員会は直接現地調査や意見聴取は行わなかった。

(3) 萱原地区住民との話し合い

平成元年五月二〇日被告委員会は関係学区住民に対し説明会を開催し、平成二年三月二八日被告委員会は前記通学専用バス運行を提案し、同年四月一五日通学区域審議会の答申が「広報たが」に掲載されて公開され、同年五月二〇日被告委員会は説明会を開催し、関係者との話し合いを継続し、同年六月九日にも説明会を開催したが、萱原地区住民は統廃合理由が抽象的である等として納得しなかった。萱原地区住民は萱原分校の廃止に反対であるとして、「通信萱原」の発行、検討会、多賀町全域でのポスター貼り等の反対運動を展開し、署名運動の結果、多賀町全有権者六八〇〇人中四〇〇四人もの賛同を得た。その後の平成二年八月九日頃萱原地区七団体の代表者から交通問題、児童の疲労、愛鳥モデル校としての活動ができない、過疎化に拍車をかけ社会教育の活動ができなくなる、村おこし運動としてのおしどりの里づくり等の問題点を指摘した統廃合に反対である旨の要請書が被告町長及び委員会に提出され、同月一一日に説明会が開催されたが右要請書に対する被告委員会からの回答はなされなかった。同月二二日被告委員会委員長は右要請書に対して、指摘された問題点に対し通学専用バスを運行する、道路整備に努める、冬季の除雪の機動力をあげる、愛鳥モデル校としての活動を大滝小学校に拡大強化する、萱原分校跡地利用等を通じて社会教育を積極的に推進する等の個別的な理由を付記した回答をして話し合いを要請したが、拒否された。同年九月一四日右要請書と同内容の請願書が議会議長に提出された。

(4) 本件条例の制定

被告町長は、平成二年九月二一日富之尾分校学区は統廃合に賛同したが、萱原分校学区及び芹谷分校学区は反対であること等を説明して本件条例案を提案し、議会の委託を受けた総務常任委員会が同月二七日及び同年一〇月一日に調査、審議し、施行期日を平成三年四月とする修正案を可決し、本会議において、バス路線等の道路条件の整備、複式学級から普通学級への学習移行準備など、統廃合を円滑に推進するために、施行日を平成四年四月一日とする本件条例が、議員定数一二人全員出席のうち反対一人で可決された。被告町長は平成二年一〇月九日本件公布をし、被告委員会は同月一〇日「多賀町通学区域に関する規則」を平成四年四月一日から改正することを決定して、翌日公布した。

右町議会開催中、萱原地区住民は多賀町役場前でビラを配布したり、総務常任委員会にお願いに行くなどして統合反対運動を継続した。

なお、前認定のとおり、本件訴訟が提起された後の平成四年一月二七日に開催された町議会は本件条例の施行日のみを平成五年四月一日に変更する旨の条例を制定し、被告町長は平成四年一月二八日これを公布した。

(5) 以上の本件条例の制定にいたる経緯をみると、多賀町内の小学校の統廃合は昭和四五年以来の懸案であって、多賀町総合計画、学校整備計画等の開示や被告委員会の説明もなされてきており、萱原地区住民が自らの統廃合反対の意向を町政に反映させる期間も十分あり、実際にも住民の意向を受けて、被告らが昭和五四年頃から県道多賀永源寺線の改修工事を実現し、昭和六三年からおしどりの里整備事業を実施し、平成二年三月には通学専用バス運行計画を提案する等の具体的施策をこうじるなどしてきていることが認められる。また、多賀町総合計画策定委員会及び通学区域審議会の委員には地域代表という意味ではないが萱原地区在住者が含まれており、手続への住民参加はあったと認められる。また、審議会を公開としないことは審議の充実を図るうえで合理性があり、その非公開をもって非民主的と認めることはできない。

通学区域審議会の委員は多賀町在住者であり、分校教育の実態を良く知っている委員が含まれていることからすれば、現地調査等が行われなかったからといって、その審議内容が不十分であるとは認められない。

学校所在地の住民の反対、過半数を越える有権者の反対があるにもかかわらず、本件条例が制定されたものであっても、そのことが直ちに手続き違反を構成するものではない。

したがって、本件条例は手続き的にも違法な点はない。

四以上のとおりであるから、本件条例に裁量権の逸脱濫用はなく、教育を受ける権利を侵害する事由もなく、手続き的にも違法はないのであるから、結局、無効原因を認めるに足りる証拠はない。

第四したがって、原告らの本件制定及び公布の一連の行為、本件廃校処分の取消を求める訴え、被告委員会との間の本件条例の無効確認を求める訴え、別紙原告ら目録23乃至30、35乃至46、51乃至242記載の原告らと被告町との間の本件条例の無効確認を求める訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、別紙原告ら目録1乃至22、31乃至34、47乃至50記載の原告らと被告町との間の本件条例の無効確認を求める請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河田貢 裁判官片岡勝行 裁判官戸田彰子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例